PHOTO MAIL DIARY
RUKAの写メ日記
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サッカーのお話し
ワールドカップが開催された。
4年に一度、世界中が熱狂するスポーツの祭典だ。
日本はサッカー強豪国と比べれば、まだまだ歴史は浅い。
正直なところ、私のような「にわかファン」も少なくないだろう。
だが、それでいいと思う。
盛り上がるということは素晴らしいことだからだ。
ワールドカップにしても、オリンピックにしても、高校野球にしてもそう。
なんなら仲間と行くスポッチャですらそうだ。
人が同じものを見て、同じ瞬間に歓声を上げる。
それだけで少し世界は平和になる。
⚽️
スポーツというのは不思議だ。
脚本など存在しない。
誰も結末を知らない。
だから面白い。
だが、その90分の裏側には、何年もの努力や挫折、人生そのものが詰まっている。
若い世代は知らないかもしれないが、「ドーハの悲劇」というものがあった。
あと数十秒。
ワールドカップ初出場が見えていたその瞬間。
まさかの同点ゴール。
日本中の何万人、何十万人という人達が同じタイミングで頭を抱えた。
「なんてこった、、、」
あの瞬間の絶望感は今でも忘れられない。
私は完全ににわかファンの部類である。
昔、日韓ワールドカップが開催された時のことだ。
大阪・長居スタジアムで日本戦が行われ、日本が勝利した夜。
私はふと思った。
「今、ミナミはどうなってるんやろ?」
気になって見に行ったことがある。
そう。
阪神タイガースが優勝したら、橋の上から道頓堀川へ飛び込むことで有名な、あの「ひっかけ橋」だ。
サムライブルーのユニフォームを着た人達。
国旗を振る人達。
そして、どさくさに紛れて騒ぎたいだけの人達(笑)。
とにかく凄い熱気だった。
皆が笑顔だった。
今思えば、あれもまたワールドカップの価値だったのかもしれない。
🤝勝敗以上に、人を繋げる力。
それがスポーツにはある。
若い頃の私は純粋に勝敗だけを追っていた。
どの国が強いのか。
誰が得点王になるのか。
日本はどこまで行けるのか。
そんなことばかり気にしていた気がする。
しかし歳を重ねると見える景色が少し変わる。
最近は試合そのものよりも、その裏側にある人間模様に目が行く。
30代半ばのベテラン。
最後の大会になるかもしれない選手。
怪我から這い上がってきた男。
そして、まだ何者でもない若者。
人生の縮図みたいなものがそこにはある。
考えてみれば人は皆、自分という国の代表選手なのかもしれない。
仕事もそうだ。
恋愛もそうだ。
家庭もそうだ。
🔥誰もが自分の人生というユニフォームを着てピッチに立っている
(ほら、また良い事言い出したよ!)
順風満帆な試合ばかりではない。
理不尽な失点もある。
信じていた仲間にタイミングが合わずパスが通らないこともある。
むしろ、そんなことの方が多い。
それでも人は前を向く。
次の一点を信じて走る。
その姿が美しい。
若さというのは勢いだ。
だが大人には深みがある。
若い選手のドリブルが眩しく見える一方で、ベテランの何気ないワンタッチに心を奪われるようになる。
なんならメッシなんかほとんど走らない!!
人生も同じだ。
派手な成功よりも、長く積み上げた人間の厚みに魅力を感じる。
👩女性もそうかもしれない。
若さは確かに美しい。
だが本当に惹かれるのは、笑顔の奥にある物語だったりする。
楽しいだけでは辿り着けない表情。
苦しみを知ったからこその優しさ。
失ったものがあるからこその包容力。
人の魅力とは案外そういうところに宿る。
ワールドカップを見ていると、そんなことを思う。
世界中が熱狂する夜。
(時差があるから早朝か)
酒を片手に画面を眺めながら、自分の人生を少し振り返ってみる
(私はお酒飲めない)
あの時の敗北。
あの時の挑戦。
あの時、勇気を出して踏み出した一歩。
ゴールした記憶よりも、走り続けた記憶の方が鮮明だったりする。
若い頃は「何を手に入れたか」が大事だった。
だが今は少し違う。
誰と出会ったのか。
誰を愛したのか。
誰に救われたのか。
そして誰の記憶に残れたのか。
そちらの方がずっと価値がある気がしている。
人生に試合終了の笛が鳴るその日まで。
勝った負けたも大切だが、それ以上に誰とプレーしたかが大切なのだろう。
さて、今夜も世界のどこかで歓声が上がる。
誰かが夢を掴み。
誰かが涙を流す。
そしてきっと私たちは、そのどちらにも自分の人生を重ねながら見ている。
ボールは丸い。
だから人生もまた面白い。
思いもよらぬ方向へ転がるからこそ、人は未来に恋をするのかもしれない。
そして、まだ終わっていない自分の試合に、もう一度期待してみたくなるのである。

