| 一人一人のニーズにお応えできるような丁寧な接客でみなさまをお迎えいたします。 お客様の多様なご希望に寄り添い、種類豊富なコースをご用意しました。 中でも、当店自慢のオイルマッサージは何度も講習を重ね、santuarioOSAKAならではの施術を追求しています。 心を込めた技術で、至福のひとときをお届けいたします。ぜひ一度ご体感ください。 ![]() 全ての女性に心も身体も解放してもらえるように 最善を尽くす。 そんな意味が込められた「santuario」 ご利用いただくみなさまひとりひとりとの出会いを大切にし、日常にささやかな彩りを加えられる場所で在れますように。 心を込めてお迎えいたします。 ![]() |
NEWSニュース一覧

この度、5月7日(木)9:00~より女風に関するお悩みやご相談に向けた「占いコース」を開始いたします。
タロットを中心に、お客様のお気持ちや状況を丁寧に読み取りながら、今後のヒントとなるような鑑定を行わせていただきます。
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■ ご利用の流れ
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santuario OSAKAへご予約
↓
決済後、占い専用アカウント(LINE)へご案内いたします
↓
アカウント追加後、お返事を待たずにご質問内容をご送信ください
↓
12時間以内にカウンセリング開始
(24時間以内に鑑定完了)
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■ 料金・受付について
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・占いコースはLINEのみの対応となります。
・お支払い方法:PayPayのみ
・1つのご質問につき500円
・1日お一人様2件までのご質問
・1日5組様限定(先着順)
※5組様以降は翌日の鑑定となります
・女風関連のご質問限定となります
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■ より正確な鑑定のために
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下記のような情報をご共有いただけますと、より状況を読み取りやすくなります。
・双方のご年齢
・関係性の期間
(何年通われているか/何回お会いしているか など)
※内容によっては、カウンセリング時に追加でご質問させていただく場合がございます。
差し支えのない範囲でご回答いただけますと幸いです。
━━━━━━━━━━━━━━━
⚠︎ 注意事項 ⚠︎
━━━━━━━━━━━━━━━
・生死/合否/犯罪/勝敗/抽選結果などに関するご質問はお受けできません。
・タロットの結果は、未来を確定させるものではございません。あくまでご参考としてお受け取りくださいませ。
・ご希望に沿わない結果が出る場合もございます。あらかじめご了承くださいませ。
皆様のお悩みに、少しでも寄り添える時間となれば幸いです
ゴールデンウィーク期間中の運営対応時間につきまして、下記の通りご案内いたします。
■4月29日(水)
9:00~22:00
■4月30日(木)
9:00~23:00
■5月1日(金)
9:00~23:00
■5月2日(土)
9:00~22:00
■5月3日(日)
9:00~22:00
■5月4日(月)
9:00~22:00
■5月5日(火)
9:00~22:00
■5月6日(水)
9:00~22:00
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【ゴールデンウィーク期間中の注意事項】
ゴールデンウィーク期間中は、ホテルの混雑が予想されます。
あらかじめホテルのご予約をおすすめしております。
ご利用予定のお客様は、余裕を持ったご準備をお願いいたします。
皆様のご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。
santuario OSAKA
4月限定──
5周年記念キャンペーン開催。
4月1日~30日までの1ヶ月間
全コース、特別価格にてご案内。
【コース料金のご案内】
◾️Sコース
・おまかせ90分 15,000円
・120分 20,000円
・150分 25,000円
・180分 30,000円
・210分 35,000円
・240分 40,000円
・270分 45,000円
・300分 50,000円
以降30分追加ごと 5,000円
◾️Dコース
・120分 12,000円
・150分 15,000円
・180分 18,000円
・210分 21,000円
・240分 24,000円
・270分 27,000円
・300分 30,000円
以降30分追加ごと 3,000円
◾️ランチコース
30,000円
◾️ディナーデートコース
35,000円
◾️アミューズメントコース
40,000円
◾️シエスタコース
40,000円
◾️ステイコース
・10時間 60,000円
・12時間 80,000円
・14時間 100,000円
延長1時間ごと 10,000円
※最大4時間まで
◾️日帰りトラベルコース 70,000円
◾️トラベルコース
・24時間 120,000円
・36時間 180,000円
・48時間 240,000円
延長12時間ごと 60,000円
◾️電話コース
・30分 2,500円
・60分 4,000円
・電話プリペイド5時間分 20,000円
・電話プリペイド10時間分 40,000円
◾️サブスクリプションプラン
・サブスクSプラン 150,000円
・サブスクAプラン 100,000円
・サブスクBプラン 70,000円
◾️その他割引など
・初回指名料 0円
・本指名料(2回目以降) 2,000円
・交通費 1,000円~
・口コミ割引 -1,000円
・性病検査 -2,000円
・出張費 各セラピストの設定に準ずる
INFORMATION
お知らせ
皆さまにより安心できるサービスを提供していくための変更です。ご不便をおかけする面もあるかと思いますが、何卒ご理解とご協力をいただきますようよろしくお願いいたします。
【santuario OSAKA分店】
santuario大阪はエリアとしての区別でしたが、店舗として分店します。それに伴いホームページおよびポータルサイト等での表記を以下のように変更します。
・santuario→santuarioまたは santuario本店
・santuario大阪→santuario OSAKA
santuario OSAKA所属セラピストに関するお問い合わせやご予約等は、santuario OSAKA公式LINEとsantuario OSAKAホームページから承ります。
santuario OSAKA所属セラピストの口コミは、santuario OSAKAの Kaikanページに投稿をお願いします。
santuarioのKaikanページに掲載された過去の口コミや写メ日記はそのまま残りますが、今後の更新はすべてsantuario OSAKAページに移ります。
【運営対応時間】
santuario、santuario OSAKAともに、これまでの全日9:00-24:00対応から以下のように変更します。
・平日:9:00-23:00
・土日祝:9:00-22:00
対応時間外にいただいた各種ご連絡は翌日対応時間内に返信します。
【コース名表記】
ホームページ上やご予約時に差し上げる店舗からの返信での表記を、以下のように変更します。
・性感マッサージコース→Sコース
・デートコース→Dコース
性感やデートといった表記が第三者の目に入る可能性を減らします。
【カウントスタート時間】
シャワー前のお話し等に費やす時間に個人差が生じやすいため、Sコースのカウントスタートを以下のように変更します。
・シャワー後からカウント→ホテル入室からカウント
ホテル利用時間やコース終了時間等を、お客様側もセラピスト側も掌握しやすくなります。
【本予約時にお伺いするお客様情報】
匿名での空予約や無断キャンセル等のトラブルを防止する観点から、以下のように変更します。
・店舗宛に本予約のご連絡をいただく際に携帯電話番号の記載をお願いします
初めて電話番号の記載をお願いすることになるご予約時に、店舗からSMSにて確認メッセージをお送りします。
2回目以降はメッセージをお送りしませんが、電話番号の記載は毎回お願いします。
セラピストに電話番号を伝えることはありませんのでご安心ください。
【電子同意書】2025年4月内に順次導入
ホテル入室後にセラピストから電子同意書を提示しますので、内容をご確認の上でサインをお願いします。
サービス内容や禁止事項等をお客様側とセラピスト側とで再確認することで、より安心できる時間を提供します。
※santuario OSAKAはすでに1月より同意書を導入しています。
以上となります。
ご不明な点がございましたらsantuarioおよびsantuario OSAKAまでお問い合わせくださいませ。
よろしくお願いいたします。
santuario
santuario OSAKA
santuario OSAKA代表の凱と申します。
本日、4月1日にて
santuario OSAKAは、5周年を迎えました。
5年という時間の中で、たくさんのものが変わりました。
環境も、人も、考え方も。
あの頃と同じままではいられないことを、何度も思い知らされました。
正直、変わることは怖いです。
それは僕だけじゃなく、セラピストたちも感じていることだと思います。
積み上げてきたものが崩れるんじゃないか。
大切にしてきたものまで見失ってしまうんじゃないか。
そんな不安に、何度も向き合ってきました。
そのたびに、セラピストたちにはこう伝えてきました。
「不安は、動けない人が感じるもの。自分たちが動き続けていれば、不安は自然と消えていく」
強い言葉かもしれませんが、
僕自身にも言い聞かせてきた言葉です。
変わらなかったら、守れないものもある。
続けるためには、変わらなきゃいけない。
これは、この5年で一番強く感じたことです。
だから僕たちは、これからも変わります。
より良くするために。
もっと安心してもらうために。
ここを選んでよかったと、心から思ってもらうために。
でも、変わってはいけないものもあります。
それは、「どう在るか」という部分です。
目に見えないところで手を抜かないこと。
言葉を雑に扱わないこと。
誰かの気持ちを軽く扱わないこと。
そして何よりも、
ここに来てくれる人を、目の前の人を、ちゃんと大切にすること。
これは、どれだけ時間が経っても、変えてはいけないと思っています。
「変わることから逃げない。
でも、守るべきものは手放さない。」
その両方を抱えながら、ここまで来ました。
ここから先も、きっと迷うと思います。
それでも、その時その時で、ちゃんと選び続けていきます。
変わるべきものと、変わらないものを、見失わないように。
ここまで関わってくださったすべての方へ。
本当に、ありがとうございます。
そしてこれからも、
変わりながら、変わらずここにい続けます。
必要な時に、思い出してもらえる場所でいられるように。
「愛してくれて、ありがとう。」
santuario OSAKA
代表 凱
REVIEWキャストレビュー
題名なし
2026年09月01日
あまり受けることないというドライブデートで私の行きたかったところプラス永士さんオススメの景勝地まで連れて行ってもらい大感激!あまり時間のない中、時間いっぱい楽しませてくれようとする気遣いが嬉しかったです。
あまり受けることないというドライブデートで私の行きたかったところプラス永士さんオススメの景勝地まで連れて行ってもらい大感激!あまり時間のない中、時間いっぱい楽しませてくれようとする気遣いが嬉しかったです。
題名なし
2026年08月31日
初めて利用しました。
会う前のコンタクトが少なめだったので
少し不安感はありましたが、
見つけちゃいました♡
出逢っちゃいました♡
攻め方も焦らし方も最高な永士さん♡
会って良かったぁ〜
これからたくさん楽しい事が出来そうなのでウキウキ、わくわくが止まりません!!
初めて利用しました。
会う前のコンタクトが少なめだったので
少し不安感はありましたが、
見つけちゃいました♡
出逢っちゃいました♡
攻め方も焦らし方も最高な永士さん♡
会って良かったぁ〜
これからたくさん楽しい事が出来そうなのでウキウキ、わくわくが止まりません!!
2026年08月29日
前回にお約束してた、ラーメン屋さん、人気のお店なので、彪真くんが先に順番をとってくれて受付しておいてくれたおかげもあって
待ち時間長くならず、入ることができました。
美味しくいただいた後はいつものカラオケにいきました。歌は流石上手いの一言。沢山お互い歌った後、
お茶しに喫茶店へ。私、方向音痴なとこがあるけど、彪真くんがいつも先導してくれるおかげで安心して楽しめます。私も気を遣うイプですが、更にそれを超えて先回りしてくれて、流石だなと思ってみてました。
デビュー当時を知ってるからこそ、進化してる彪真くんをみるのが楽しみになっています。また、お誘いするので、その時は宜しくお
願いします。
前回にお約束してた、ラーメン屋さん、人気のお店なので、彪真くんが先に順番をとってくれて受付しておいてくれたおかげもあって
待ち時間長くならず、入ることができました。
美味しくいただいた後はいつものカラオケにいきました。歌は流石上手いの一言。沢山お互い歌った後、
お茶しに喫茶店へ。私、方向音痴なとこがあるけど、彪真くんがいつも先導してくれるおかげで安心して楽しめます。私も気を遣うイプですが、更にそれを超えて先回りしてくれて、流石だなと思ってみてました。
デビュー当時を知ってるからこそ、進化してる彪真くんをみるのが楽しみになっています。また、お誘いするので、その時は宜しくお
願いします。
年中行事
2026年08月13日
家事都合で関西へ行く度に顔見る様になって今年ではや3年目突入!
年1か2でしか逢えない私にいつも快く応じてくれ
最初会った時と何一つ変わらない
中々出来る事じゃないと思います
年一は直接顔拝まないと、その年は納まりません
またお詣りしに行きます笑
家事都合で関西へ行く度に顔見る様になって今年ではや3年目突入!
年1か2でしか逢えない私にいつも快く応じてくれ
最初会った時と何一つ変わらない
中々出来る事じゃないと思います
年一は直接顔拝まないと、その年は納まりません
またお詣りしに行きます笑
DIARY
最新の写メ日記
人間とは何だろう。
そんな問いを考えたことはあるだろうか。
私たちはあまりにも「人間」であることが当たり前すぎて、その特異性について考える機会は少ない。
だが、生物学という視点から地球を見渡した時、人間という生命体はあまりにも異質だ。
🐘巨大な象でもない。
🦁鋭い牙を持つライオンでもない。
🦅空を自在に舞う鷲でもない。
腕力も弱い。
足も遅い。
爪も牙もない。
それなのに地球という星の頂点に立っている。
この矛盾の答えは、ただ一つ。
「脳」である。
---
太古の昔。
ある種の霊長類は二足歩行を選んだ。
両手が自由になり、道具を持てるようになった。
視界は高くなり、遠くを見渡せるようになった。
そして背骨は真っ直ぐになり、巨大な脳を支えられる身体へと進化した。
脳が発達する。
思考が生まれる。
言語が生まれる。
文化が生まれる。
芸術が生まれる。
宗教が生まれる。
哲学が生まれる。
人は「考える」という能力を得た。
地球という惑星を支配する生命体が、ここに誕生したのである。
しかし——
進化とは、何かを得れば何かを失うものだ。
万能な進化など存在しない。
必ず代償がある。
そして人類が払った代償は、あまりにも大きかった。
---
それは「出産」である。
哺乳類のほとんどは、母親の体内で十分に成長し、産まれて間もなく立ち上がる。
🐎馬の子どもは数時間で歩き始める。
🦌鹿も走る。
🦒キリンもすぐ立ち上がる。
そうしなければ肉食動物に食べられてしまうからだ。
自然界には「待ってくれる」優しさなど存在しない。
弱い者から命を落としていく。
だから彼らは、生まれた瞬間から完成形に近い。
一方、人間はどうだろう。
首すら座っていない。
視力もほとんどない。
歩けない。
言葉も話せない。
一人では生きられない。
立ち上がるまで、およそ一年。
自立するまでには十数年。
哺乳類の中でも、ここまで未完成で生まれてくる生き物はほとんど存在しない。
なぜなのか。
理由は単純だ。
胎児の頭が大きすぎる。
もし脳がもっと完成してから生まれようものなら、母親の産道を通れなくなってしまう。
つまり人類は、
「未完成で生まれる」
という進化を選ばざるを得なかったのである。
それは進化ではなく、ある意味では妥協だったのかもしれない。
---
だが、この未完成さこそが、人間という生き物の本質を作った。
赤ん坊は抱かれる。
母親の胸に包まれる。
心臓の鼓動を聞く。
体温を感じる。
母乳を飲む。
泣けば抱き上げられる。
不安になれば胸に寄せられる。
何度も。
何百回も。
何千回も。
そうして一つの感覚が脳に刻まれていく。
「抱かれること=生きられる。」
この記憶は、言葉ではない。
理屈でもない。
もっと深い場所。
脳の奥底。
生命の根幹に刻み込まれる。
だからハグは単なるスキンシップではない。
命の記憶なのだ。
---
心理学では、人は安心できる相手との身体的接触によってストレスが軽減されることが知られている。
愛情や信頼を感じる触れ合いは、副交感神経を優位にし、心拍数やストレス反応を穏やかにする。
さらに、親密な触れ合いでは「オキシトシン」と呼ばれるホルモンの分泌が促される。
別名、
「愛情ホルモン」
とも呼ばれる物質だ。
不安を和らげ、
相手への信頼を高め、
孤独感を軽減する。
つまりハグとは、
医学でも心理学でも、その価値が認められている行為なのである。
---
しかし、ここで一つ勘違いしてはいけない。
「じゃあ誰でもハグすれば幸せになれるの?」
答えは、もちろん違う。
人間は思考する生き物だ。
だから「安心」は相手によって決まる。
信用していない人。
恐怖を感じる人。
苦手な人。
そうした相手から抱きしめられても、安心どころかストレスになる。
ハグは距離を縮める行為ではない。
距離が縮まった結果として生まれる行為なのである。
ここを履き違えると、ハグは愛情ではなく支配になる。
---
そして、日本には欧米ほどハグ文化がない。
欧米では挨拶代わりに抱き合う。
家族も友人も恋人も自然にハグを交わす。
一方、日本人は頭を下げる。
お辞儀という文化を育んだ。
どちらが正しいという話ではない。
文化が違うだけだ。
だからこそ、日本人にとってのハグは特別になる。
滅多にしないからこそ、
その一回に込められる意味が深い。
言葉以上の想いが伝わる。
「大丈夫。」
「そばにいる。」
「一人じゃない。」
そんな言葉にならないメッセージを、身体が語る。
---
哲学者は昔からこう語ってきた。
人は理性だけで生きているのではない。
感情があり、
本能があり、
記憶がある。
そして身体にも記憶が宿る。
赤ん坊の頃、何千回と抱かれた記憶。
守られた記憶。
生き延びられた記憶。
その記憶は、大人になった今も消えてはいない。
だから人生に疲れた時。
心が折れそうな時。
誰かに認められたいと思う時。
人は無意識に温もりを求める。
それは弱さではない。
人間らしさだ。
---
私は思う。
人類最大の発明は、火でもない。
車でもない。
インターネットでもない。
それらは生活を便利にした。
しかし、
心を救うことはできない。
本当に人を救うのは、
たった一つの温もりなのかもしれない。
たった数秒のハグで、人は涙を流すことがある。
言葉では届かなかった想いが、腕の中で伝わることがある。
それほどまでに、人間という生き物は「触れる」という行為に意味を与えてきた。
---
人生とは、不思議なものだ。
私たちは大人になるほど、強くあろうとする。
泣かないように。
弱音を吐かないように。
迷惑をかけないように。
そんな鎧を一枚、また一枚と身に纏っていく。
けれど、その鎧の奥にいるのは、かつて母親の腕の中で安心して眠っていた、小さな命と何も変わらない。
社会的地位があろうと、財産があろうと、肩書きがあろうと、人は最後には「安心できる場所」を求める。
その場所は豪邸ではない。
高級車でもない。
ブランド品でもない。
信頼できる誰かの温もりかもしれない。
だから私は思う。
ハグとは、愛情表現ではない。
恋愛テクニックでもない。
ましてや流行でもない。
人類が進化の過程で失った「完成された状態」を、互いの温もりで補い合う営みなのではないだろうか。
未完成で生まれた私たちは、誰かと寄り添うことで初めて心が満たされる。
進化は私たちに巨大な脳を与えた。
その代わりに、不安という感情も与えた。
だからこそ、人は抱きしめる。
それは相手を守るためだけではない。
自分自身もまた、安心したい生き物だからだ。
毎日段々と蒸し暑さを感じる。
しかも台風やらの影響でずーっと雨、場所によっては被害が出る程の大雨。。
気温はさほど上がってないのに、妙に身体が重い。
朝起きてもスッキリしないし、なんだかやる気も出ない。
そして低気圧からの偏頭痛が酷い。。
「今日は暑いなぁ」
そう思って天気予報を見ると、気温はまだ25度程度。
真夏の35度に比べれば全然大したことはない。
それなのに、なぜこんなにも不快なのだろう。
その不快さをもたらすもの、
お分かりの様に「湿度」だ。
しかし、人間の身体は約70%が水分でできていると言われている。
だったら乾燥している空気より、湿度たっぷりの環境の方が身体には優しい気もする。
だが現実は逆だ。
湿度は人をダメにする。
いや、人をダメにするというより、人の快適さを奪う。
そして快適さを失った人間は、驚くほど簡単に心まで曇らせてしまう。
☔
人間は体温を下げるために汗をかく。
汗が蒸発する時に熱を奪い、身体を冷やしてくれる。
しかし湿度が高いと汗が蒸発しにくい。
つまり身体が一生懸命頑張っているのに、その努力が報われない。
これはどこか人生にも似ている。
頑張っている。
努力もしている。
動いている。
でも結果が出ない。
そんな時、人は疲れる。
湿度の高い空気の中で汗が蒸発できないように、人間もまた成果へ繋がらない努力を続けると心が重くなる。
身体も人生も案外同じなのかもしれない。
🌿
梅雨の朝。
起きた瞬間から布団が少し湿っぽい。
髪は決まらない。
洗濯物は乾かない。
靴もなんとなくジメジメしている。
冷蔵庫を開ける回数だけ増える。
別に何か飲みたい訳ではない。
ただ涼しさを求めているだけだ。
あるやん?
冷蔵庫を開けて、
「あれ?何取りに来たんやっけ」
となるやつ。
湿度の高い日は脳まで少しボンヤリする。
集中力が切れる
人は暑さには比較的強いと言われる。
だが蒸し暑さには弱い。
同じ30度でも砂漠の30度と大阪の30度はまるで別物だろう。
数字では測れない感覚がある。
人生も同じだ。
同じ年収。
同じ肩書き。
同じ年齢。
それでも幸福度は全く違う。
数字では見えない湿度のようなものが存在する。
目には見えないが確かにあるもの。
人間関係もそうだ。
🌱
誰かと一緒にいて疲れる時がある。
その人が悪い人ではない。
むしろ良い人だったりする。
それなのに会った後どっと疲れる。
逆に短時間しか会っていないのに元気になる人もいる。
これも人間関係の湿度なのだと思う。
必要以上に気を遣う空間。
言いたいことが言えない関係。
本音を隠し続ける会話。
そんな場所には湿度がある。
息苦しい。
汗が蒸発しないように感情も蒸発しない。
どんどん心に溜まっていく。
だから人は時々、一人になりたくなる。
乾いた風に当たりたくなる。
無理に誰かを嫌いになる必要はない。
ただ少し距離を置けばいい。
窓を開けるように。
風を通すように。
それだけで楽になることもある。
🍃
面白いことに、人間は快適な時ほど感謝を忘れる。
湿度40%の日。
風が気持ちいい夜。
洗濯物がカラッと乾く朝。
そんな日は特別何も思わない。
当たり前だと思っている。
しかし梅雨に入ると途端に気付く。
あの爽やかな日がどれだけ有難かったのかを。
失って初めて分かる価値というのは本当に多い。
健康もそう。
若さもそう。
家族もそう。
自由もそう。
そして平凡な日常もそうだ。
何もない日は退屈に思える。
だが本当に何かを失った時、人は気付く。
何もないということが、実は最高に贅沢だったことを。
だから言うのだろう、
「推しは推せるうちに推しとけ」と
貴女のすきぴも、明日は急に別世界の人になるかもしれないから
🌙
湿度が高い夜は眠りも浅くなる。
エアコンをつけるか迷う。
つけたら寒い。
消したら暑い。
結局何度も目が覚める。
人生も似ている。
どちらを選んでも完璧な答えはない。
結婚もそうだろう。
転職もそうだろう。
挑戦もそうだろう。
進んでも悩む。
止まっても悩む。
だったら少しでも心地良い方を選べばいい。
正解を探し続けるより、自分にとって快適な温度を探す方が大切なのかもしれない。
寝ぼけてエアコン付けたら暖房を押してしまってて本当に死ぬかと思った経験があるから適度な温度は寝るまでにね😇
☀️
湿度は人をダメにする。
しかし湿度そのものが悪者なのではない。
湿度があるからこそ、乾いた風の有り難さが分かる。
梅雨があるから夏空が美しい。
曇りがあるから晴れが嬉しい。
人生もまた同じだ。
苦しい時期がある。
停滞する時期がある。
思うようにいかない日もある。
だが、その時期があるからこそ後の景色が鮮やかになる。
もし今、少し気持ちが重いなら。
もし何となくやる気が出ないなら。
それはあなたが弱いのではない。
ただ人生の湿度が少し高いだけかもしれない。
そんな日は無理に走らなくていい。
窓を開けよう。
好きな音楽を流そう。
少し遠回りして帰ろう。
美味しいコーヒーでも飲もう。
そして風を待てばいい。
どんな梅雨にも終わりがあるように。
どんな人生にも、また乾いた風が吹く日が来るのだから。
なんなら死んじゃったら火葬場で焼いてもろてカラッカラの骨だけになるのだから💀💀
それまでは湿度を感じるのも、これも生きているんよ、となんか美味しいものでも食べれば良い🫶
ボールひとつで世界が熱狂する。
ワールドカップという祭典には、そんな不思議な力がある。
普段はサッカーを観ない人間ですらテレビの前に座り、日本代表の勝敗に一喜一憂する。
うちのおかんですら、久保くん、怪我大丈夫かなぁと心配すらしていた🥹
先日行われた日本対オランダ戦。
グループリーグの中では唯一の格上とも言える相手。
前半は堪えたが、後半やはり高さで先制される。
そして追いつく。
また突き放される。
それでも追いつく。
そして負けなかった。
もちろん勝点1という結果だけを見れば物足りないという人もいるだろう。
だが私には、日本サッカーが着実に強くなっている証拠に見えた。
かつてなら格上相手に先制された瞬間にズルズルと崩れていた。
しかし今は違う。(4年前もドイツ、スペインにはびっくりした)
失点しても慌てない。
崩れない。
組織として戦い続ける。
これが強さなのだと思う。
⚽️⚽️⚽️
サッカーという競技は実に面白い。
極論を言えば、相手より多くゴールを決めれば勝ち。
ルールは様々あるが、本質だけ切り取ればそれだけだ。
しかし、そのシンプルさの中に底知れない奥深さがある。
ピッチ上には常にスペースが存在する。
攻撃する時はいかにスペースを作るか。
守る時はいかにスペースを消すか。
つまりサッカーとは陣取り合戦なのだ。
誰がどこへ走るのか。
誰がどこを埋めるのか。
誰が相手を引きつけるのか。
誰が裏へ抜けるのか。
それらが一瞬で判断される。
そこには個人技だけではない。
組織としての意思がある。
そして私はいつも思う。
この構図は仕事によく似ている、と。
🏢
例えば会社。
営業マンが外を走り回る。
新規顧客を開拓し、売上を作る。
それだけでは会社は回らない。
事務員が契約書を作る。
経理が数字を管理する。
現場スタッフが品質を守る。
管理職が方向性を示す。
誰かひとり欠けても組織は機能しない。
営業だけいてもダメ。
内勤だけいてもダメ。
現場だけいてもダメ。
それぞれが役割を果たしながら連動して初めて結果になる。
まるでサッカーだ。
フォワードだけ11人いても試合にはならない。
ディフェンダーだけ11人いても点は取れない。
全員が役割を理解し、連動するから強いチームになる。
仕事も同じだ。
🌱
世の中には能力の高い人間がいる。
突出した営業成績を叩き出す人。
驚くほど仕事の速い人。
アイデアを次々に生み出す人。
そんな人を見ると、自分との違いに落ち込む事もある。
だが組織というものはスター選手だけで構成されているわけではない。
むしろ地味な仕事をコツコツこなす人によって支えられている。
サッカーでも派手なのはゴールシーンだ。
だがその前には必ず地味なパス回しがある。
身体を張った守備がある。
走り続ける選手がいる。
目立たない仕事の積み重ねがある。
ゴールだけ切り取ればヒーローは一人かもしれない。
だがそのゴールはチーム全員で生み出している。
仕事も同じだ。
成果だけ見れば一人の手柄に見える。
しかし本当は違う。
見えないところで支えてくれた人がいる。
フォローしてくれた人がいる。
ミスを防いでくれた人がいる。
だから結果が生まれる。
🤝
私は年齢を重ねるにつれ、
「自分が活躍する事」
よりも
「周囲が活躍できる環境を作る事」
の価値を感じるようになった。
若い頃は違った。
自分が目立ちたい。
自分が評価されたい。
自分が勝ちたい。
そんな気持ちも強かった。
もちろんそれも大切だ。
向上心は人を成長させる。
だが組織というものを理解すると、少し見方が変わる。
誰かがミスしたならカバーに入る。
誰かが苦しんでいるなら助ける。
誰かが攻めているなら後ろを支える。
これが強い組織だ。
サッカーではそれを「カバーリング」と呼ぶ。
仕事にもカバーリングが必要だ。
ミスを責めるだけの組織は弱い。
助け合う組織は強い。
🌏
そしてサッカーが面白いのは攻守が目まぐるしく入れ替わる事だ。
攻撃していたと思ったら次の瞬間には守備。
守備していたと思ったら次の瞬間には攻撃。
一秒前の正解が次の瞬間には不正解になる。
だから面白い。
人生も同じだ。
仕事も同じだ。
攻め続けるだけでは破綻する。
守り続けるだけでは衰退する。
売上を追うだけでは社員が疲弊する。
社員を守るだけでは利益が出ない。
バランスが必要なのだ。
攻める勇気。
守る知恵。
その両方が必要になる。
⚖️
最近は働き方改革だとかワークライフバランスだとか色々言われる。
もちろん大切な事だと思う。
だが一方で少し気になる事もある。
「頑張らない事」が正義のように語られる風潮だ。
楽をする事。
責任を避ける事。
最低限だけやる事。
それ自体を否定するつもりはない。
だが人間は本来、
何かに本気で取り組んだ時にこそ充実感を得る生き物だと私は思う。
サッカー選手が90分走り切った後の表情。
あれは疲労だけではない。
やり切った者だけが持つ顔だ。
仕事も同じではないだろうか。
全力でやった日。
知恵を絞った日。
誰かの役に立てた日。
そんな日のビールはうまい🍺
そんな日の風呂は気持ち良い♨️
そんな日の睡眠は深い😴
それはお金では買えない満足感だ。
🔥
組織の中には必ず温度差がある。
頑張る人。
頑張らない人。
文句だけ言う人。
行動する人。
これはどこの会社にもいる。
だが強い組織というのは、不思議と頑張る人が増えていく。
なぜか。
頑張る姿が伝染するからだ。
全力で走る選手がいると周りも走る。
声を出す選手がいると周りも声を出す。
本気は伝染する。
逆もまた然り。
怠慢も伝染する。
だからこそ、自分がどちら側に立つのかが重要なのだ。
📖
ワールドカップを観ながらそんな事を考えてしまう私は、やはりおっさんなのだろう。
純粋に試合だけ楽しめばいいのに、
仕事に置き換え、
人生に置き換え、
組織論に置き換え、
哲学めいた事を考えてしまう。
だが歳を重ねるというのは、そういう事なのかもしれない。
スポーツの中に人生を見る。
勝敗の中に人間を見る。
そして自分自身を見る。
⚽️
ボールひとつで世界は繋がる。
そしてそのボールひとつが、私達に大切な事を教えてくれる。
ひとりでは勝てない。
だが、ひとりひとりが役割を果たせば強くなれる。
それはサッカーも仕事も人生も同じだ。
だから明日もまた、自分の持ち場で走ろう。
派手なゴールを決められなくてもいい。
誰かを支えるパスでもいい。
ピンチを防ぐ守備でもいい。
大切なのは、チームの一員として役割を果たす事。
仕事というピッチ上で、愚痴をこぼしながら、ダラダラと歩いていてもそれはむしろ勿体ない事である
そしてワールドカップもまだまだ始まったばかりである🔥
余談ではあるが、
私の友人はとあるヴィセル神戸の選手と友達だと言っていた。
以前そのヴィセル神戸に、元スペイン代表のイニエスタ選手が移籍した
なので私の友達の友達の友達はイニエスタなのである😀
更にいうとイニエスタはバルセロナの選手でメッシと共にチームメイトだったので、、
私の友達の友達の友達の友達はメッシなのである🐤
人はそれぞれ何かに向かって進んでいく
それが目標というものか、自身のモチベーションを上げるものなのかは別として
特に自分の意思で熱量をコントロールできる仕事なら自分の進むペースは自分で決めれる
東京のとあるところに熱量をしっかり持った輩が居た。
彼は今どきの朝活というのをしっかりやっており本業の前にジムなんかに通い、その溢れんばかりの熱量と漢気溢れるキャラを全面にこちらへ知らしめてくれていた。
私からすれば「超健康体」をそのまま出した様なイメージで、接点はまぁ無いだろうなと思っていた。
そんな超健康体が何やら本業の移動で名古屋から大阪をチョロチョロするようになった。
そして、とある日の弊社のミーティング時
指定された場所に行くとその健康的はデカい片幅と共に似合わないパイプ椅子に座っていた。
軽く笑顔で初めましての挨拶は交わし、少し会話はしたけれどそこはミーティングの場だったのと
次の日、その超健康は本業が朝早く早朝には起床しないとダメとの事で途中で席を外して笑顔で去っていった
私が超健康を見たのはそれが最初で最後になろうとは
「ココロザシナカバ、、、、」
それは急に知らされた事実
彼に限らず、何かこの世界で頑張ろうとしている輩達とは色々話したくなる。
何故この世界へやってきたのか?
どんな思いを背負っているのか?
おっぱい星人なのか、お尻フェチなのか?
しかしその超健康体は
また今度色々お話ししましょう!という豪快な笑顔だけを私の記憶に残し
この世界を去る事となった
弊社の OSAKAメンバーはまぁまぁな社会不適合者の集まりなもので
私からしたら東京からやってきた超健康体がすこぶる健全に見えてしまってはいた。
さて、
鎮魂の意味でも込めて
私も朝活でジムに通ってみるか、、
うん、絶対通わないな。。。
元気でな、超健康体
頑張れよ、超健康体
お好み焼きはおかずやで、超健康体
ワールドカップが開催された。
4年に一度、世界中が熱狂するスポーツの祭典だ。
日本はサッカー強豪国と比べれば、まだまだ歴史は浅い。
正直なところ、私のような「にわかファン」も少なくないだろう。
だが、それでいいと思う。
盛り上がるということは素晴らしいことだからだ。
ワールドカップにしても、オリンピックにしても、高校野球にしてもそう。
なんなら仲間と行くスポッチャですらそうだ。
人が同じものを見て、同じ瞬間に歓声を上げる。
それだけで少し世界は平和になる。
⚽️
スポーツというのは不思議だ。
脚本など存在しない。
誰も結末を知らない。
だから面白い。
だが、その90分の裏側には、何年もの努力や挫折、人生そのものが詰まっている。
若い世代は知らないかもしれないが、「ドーハの悲劇」というものがあった。
あと数十秒。
ワールドカップ初出場が見えていたその瞬間。
まさかの同点ゴール。
日本中の何万人、何十万人という人達が同じタイミングで頭を抱えた。
「なんてこった、、、」
あの瞬間の絶望感は今でも忘れられない。
私は完全ににわかファンの部類である。
昔、日韓ワールドカップが開催された時のことだ。
大阪・長居スタジアムで日本戦が行われ、日本が勝利した夜。
私はふと思った。
「今、ミナミはどうなってるんやろ?」
気になって見に行ったことがある。
そう。
阪神タイガースが優勝したら、橋の上から道頓堀川へ飛び込むことで有名な、あの「ひっかけ橋」だ。
サムライブルーのユニフォームを着た人達。
国旗を振る人達。
そして、どさくさに紛れて騒ぎたいだけの人達(笑)。
とにかく凄い熱気だった。
皆が笑顔だった。
今思えば、あれもまたワールドカップの価値だったのかもしれない。
🤝勝敗以上に、人を繋げる力。
それがスポーツにはある。
若い頃の私は純粋に勝敗だけを追っていた。
どの国が強いのか。
誰が得点王になるのか。
日本はどこまで行けるのか。
そんなことばかり気にしていた気がする。
しかし歳を重ねると見える景色が少し変わる。
最近は試合そのものよりも、その裏側にある人間模様に目が行く。
30代半ばのベテラン。
最後の大会になるかもしれない選手。
怪我から這い上がってきた男。
そして、まだ何者でもない若者。
人生の縮図みたいなものがそこにはある。
考えてみれば人は皆、自分という国の代表選手なのかもしれない。
仕事もそうだ。
恋愛もそうだ。
家庭もそうだ。
🔥誰もが自分の人生というユニフォームを着てピッチに立っている
(ほら、また良い事言い出したよ!)
順風満帆な試合ばかりではない。
理不尽な失点もある。
信じていた仲間にタイミングが合わずパスが通らないこともある。
むしろ、そんなことの方が多い。
それでも人は前を向く。
次の一点を信じて走る。
その姿が美しい。
若さというのは勢いだ。
だが大人には深みがある。
若い選手のドリブルが眩しく見える一方で、ベテランの何気ないワンタッチに心を奪われるようになる。
なんならメッシなんかほとんど走らない!!
人生も同じだ。
派手な成功よりも、長く積み上げた人間の厚みに魅力を感じる。
👩女性もそうかもしれない。
若さは確かに美しい。
だが本当に惹かれるのは、笑顔の奥にある物語だったりする。
楽しいだけでは辿り着けない表情。
苦しみを知ったからこその優しさ。
失ったものがあるからこその包容力。
人の魅力とは案外そういうところに宿る。
ワールドカップを見ていると、そんなことを思う。
世界中が熱狂する夜。
(時差があるから早朝か)
酒を片手に画面を眺めながら、自分の人生を少し振り返ってみる
(私はお酒飲めない)
あの時の敗北。
あの時の挑戦。
あの時、勇気を出して踏み出した一歩。
ゴールした記憶よりも、走り続けた記憶の方が鮮明だったりする。
若い頃は「何を手に入れたか」が大事だった。
だが今は少し違う。
誰と出会ったのか。
誰を愛したのか。
誰に救われたのか。
そして誰の記憶に残れたのか。
そちらの方がずっと価値がある気がしている。
人生に試合終了の笛が鳴るその日まで。
勝った負けたも大切だが、それ以上に誰とプレーしたかが大切なのだろう。
さて、今夜も世界のどこかで歓声が上がる。
誰かが夢を掴み。
誰かが涙を流す。
そしてきっと私たちは、そのどちらにも自分の人生を重ねながら見ている。
ボールは丸い。
だから人生もまた面白い。
思いもよらぬ方向へ転がるからこそ、人は未来に恋をするのかもしれない。
そして、まだ終わっていない自分の試合に、もう一度期待してみたくなるのである。
なんだかんだSNSにモヤったり。
誰かの投稿を見て焦ったり。
誰かの成功を見て自分と比べたり。
誰かの価値観に触れて、自分の選択が正しいのか分からなくなったり。
私たちは想像以上に、他人の人生を見ながら生きている。
もちろんSNSそのものが悪いわけではない。
世界中の人と繋がれるし、新しい知識も得られる。
勇気をもらうこともあれば、人生を変える出会いが生まれることもある。
だけど、その便利さと引き換えに、私たちはいつの間にか「自分の感覚」を見失いやすくなった。
昭和生まれの子供達は、自分の感覚だけを頼りに野山を走り回っていた。
本当に欲しいものは何なのか。
本当に行きたい場所はどこなのか。
本当に大切にしたい人は誰なのか。
そんな事は考えずとも自然と身についていたような気がする
しかし、デジタルに囲まれる今日、今の時代、
そんなシンプルな問いですら、気づけば他人の声に埋もれてしまう。
だから今日は少しだけ立ち止まって考えたい。
人生で本当に大切なこととは何なのか。
そして、自分軸を持って生きるとはどういうことなのか。
哲学者たちは何千年も前から、人間の幸福について考え続けてきた。
時代が変わっても、人間の悩みは驚くほど変わらない。
お金が欲しい。
認められたい。
愛されたい。
成功したい。
古代ギリシャの時代から、人は同じことで悩んでいる。
その中で、多くの哲学者たちが共通して語っていたことがある。
それは「他人によって決まる価値に人生を委ねるな」ということだ。
例えばストア派哲学。
彼らは人生を大きく二つに分けた。
自分でコントロールできること。
自分ではコントロールできないこと。
他人の評価。
世間の評判。
誰かから好かれるかどうか。
SNSの反応。
これらはすべて後者だ。
どれだけ頑張っても、自分では完全には操れない。
にもかかわらず、多くの人はそこに人生のエネルギーを使ってしまう。
いいねの数。
フォロワー数。
周囲からどう見られているか。
その結果、自分の人生なのに、自分が主人公ではなくなってしまう。
人生のハンドルを他人に渡してしまうのだ。
しかし本来、人が向き合うべきなのはそこではない。
自分はどんな人間でありたいのか。
どんな価値観を大切にしたいのか。
どんな毎日を積み重ねたいのか。
その問いに向き合うことこそが、自分軸の始まりである。
精神世界でも似たようなことが語られている。
仏教には執着という考え方がある。
執着とは、何かに強く囚われること。
もっとお金が欲しい。
もっと評価されたい。
もっと認められたい。
もっと愛されたい。
もちろん向上心そのものは悪くない。
問題は、その結果がなければ幸せになれないと思い込むことだ。
実は私たちを苦しめているのは、現実ではなく「こうあるべき」という思い込みだったりする。
もっと成功していなければならない。
もっと稼がなければならない。
もっと完璧でなければならない。
そうやって理想を追い続けるほど、今ここにある幸せを見失う。
皮肉なことに、幸せを追いかけるほど幸せから遠ざかることがある。
だから精神的に成熟した人ほど、足りないものではなく、既にあるものを見る。
失ったものではなく、残っているものを見る。
未来への不安ではなく、今という瞬間を見る。
その視点が人生を豊かにしていく。
自分軸という言葉は最近よく聞く。
だけど、自分軸とはわがままになることではない。
自分勝手になることでもない。
他人を否定することでもない。
むしろ逆だ。
自分軸がある人ほど、他人を尊重できる。
なぜなら、自分の価値を他人との比較で決めていないからだ。
比較の世界では常に競争が生まれる。
あの人より上か下か。
勝っているか負けているか。
豊かか貧しいか。
人気があるかないか。
しかし人生は本来、競争ではない。
一人ひとり違う道を歩いている。
違う家庭で育ち。
違う経験をして。
違う価値観を持っている。
その人の人生と自分の人生を同じ物差しで測ること自体に無理がある。
魚に木登りをさせて能力を評価するようなものだ。
それぞれに才能があり、それぞれに役割がある。
だから本当に大切なのは、人と比べてどうかではなく、昨日の自分より少しでも成長しているかどうか。
そこに目を向けることだ。
年齢を重ねるほど思う。
人生は思ったより短い。
若い頃は無限に時間があるように感じる。
だけど実際には、会える人には限りがあり、行ける場所にも限りがあり、使える時間にも限りがある。
だからこそ何を選ぶかより、何を選ばないかが大切になる。
誰と付き合うのか。
どんな情報を入れるのか。
何に時間を使うのか。
何にエネルギーを使うのか。
人生は選択の積み重ねでできている。
そしてその選択は、毎日の小さな習慣から生まれる。
朝起きて何を見るか。
誰の言葉を信じるか。
どんな思考を繰り返すか。
その積み重ねが未来をつくる。
だから、自分軸を持つということは特別なことではない。
毎日の小さな選択を、自分の意思で行うことなのだ。
本当に強い人は、自分を信じる人だと思う。
根拠のない自信ではない。
完璧だから信じるのでもない。
失敗しても。
遠回りしても。
人に理解されなくても。
それでも自分の人生を歩いていく覚悟を持っている人。
それが本当の強さだと思う。
世の中には正解が溢れている。
成功法則も。
人生論も。
自己啓発も。
だけど最後に人生を生きるのは自分自身だ。
誰かの正解が、自分の正解とは限らない。
だから時には静かな場所で、自分の声を聞いてほしい。
世間の声ではなく。
SNSの声ではなく。
家族の期待でもなく。
自分自身の本音を。
本当はどうしたいのか。
何を大切にしたいのか。
どんな人生を生きたいのか。
その答えは外側にはない。
いつだって自分の中にある。
人生の終わりに振り返った時。
どれだけいいねをもらったか。
どれだけフォロワーがいたか。
どれだけ他人に勝ったか。
きっとそんなことはあまり重要ではない。
それよりも、
大切な人と笑えたか。
自分らしく生きられたか。
心から納得できる選択をしてきたか。
その方がずっと大切だと思う。
だからこそ忘れないでほしい。
本当に大切なことは、外側の世界ではなく内側の世界にある。
他人の評価より、自分の納得。
他人の期待より、自分の信念。
他人の人生より、自分の人生。
どんな時代になっても。
どれだけ世界が騒がしくなっても。
最後に自分を支えてくれるのは、自分自身との信頼関係だ。
SNSにモヤる日があってもいい。
誰かと比べてしまう日があってもいい。
人間だから。
ただ、そのたびに思い出してほしい。
人生の主役は他人じゃない。
あなた自身だということを。
そして、自分の心に正直に生きることこそが、何よりも価値のある人生なのだと思う。
とまぁ、こんな事を長々と綴ってはみたが、、
私は聖職者でもなんでもない。
WARNING
注意事項
この場合は料金の返金には応じられません。
1) 18歳未満と判断された方のご利用。
2) 本番行為または、本番の強要・誘い。
3) 暴力団関係者またはそれに準ずる方のご利用。
4) 同業者及びスカウトや引き抜き行為を目的とされる方のご利用。
5) 泥酔者、薬物使用者、性病またはそう判断された方のご利用。
6) 乱暴なタッチやプレイの強要、キャストが嫌がる行為。
7) 店外デートの誘いや、キャストとの交際。
8) その他、あらゆる違法・犯罪行為。またはその恐れのある行為。










